2026/08/03
日本最初のスーパーは、豊中で生まれた
大阪府豊中市本町に、今も現役で営業しているスーパーマーケットがあります。ライフ豊中店。1961年(昭和36年)11月の開店から60年以上が経ちますが、店内にはいまも創業当時の床材が残っています。日本に「スーパーマーケット」という買い物の形が根付いていく歴史の、最初の一ページがここにあります。

清水信次と、一枚の「衝撃」
ライフを創業したのは清水信次(1926〜2022年)です。戦後の大阪で闇市の食品販売からスタートし、バナナやパイナップルの輸入業で事業を立ち上げた人物です。転機となったのは、米軍基地内のPX(売店)との出会いでした。そこで目にしたのは、客が自分で商品を選んでかごに入れ、レジで支払うというセルフサービス方式の売り場でした。
当時の日本の食料品店は、カウンター越しに店員が品物を取り出して渡す対面販売が主流でした。客は欲しいものを口で伝え、店員が包む——その買い物の常識を根本から変えるしくみを見て、清水は渡米視察を重ね、1956年に株式会社清水実業(現・ライフコーポレーション)を設立。1961年、豊中市本町に1号店を開きました。
新聞が「日本にも欧米式スーパー」と報じた
開店時、複数の新聞が「日本にも欧米式のスーパーマーケットが開店」と大きく報じました。セルフサービスで商品を選ぶという体験が、当時の消費者にとっていかに新鮮だったかがわかります。
「日本初のスーパーマーケット」については諸説あります。1953年の紀ノ国屋(東京・青山)や1956年の丸和フードセンター(北九州・小倉)なども先駆的な存在として語られます。ただ、「欧米式の本格的なスーパーマーケット」として全国的に認知されたのがライフ豊中店であり、豊中市もこの事実を「豊中の1番」として誇りを持って発信しています。
開店後、日本のスーパーマーケットは急拡大しました。1964年から1974年の10年間で店舗数は3,620店から11,962店へと約3倍に増加。売上高の年平均成長率は約27%と、全小売業平均(17%)を大幅に上回りました。高度経済成長の象徴的な業態として、日本人の食生活を変えていきました。
60年前の床が、今も店内にある
豊中市の公式noteが現地を取材した記事によると、ライフ豊中店には1961年の開店当時の床材が今もきれいな状態で残っています。増改築を重ねながら今日まで同じ場所で営業し続けてきた証です。
買い物客の多くは、その床が何十年前のものか知らずに踏んでいます。知らなくても日常の買い物は変わらない。でもその床の上に、日本のスーパーマーケットの始まりが静かに刻まれています。
市制90周年の街と、続く1号店
豊中市は1936年10月15日に市制施行し、2026年10月に市制90周年を迎えます。市はその記念事業の一環として、「豊中の1番」シリーズで地域にゆかりのある日本初・大阪初の話題を発信しており、ライフ1号店はその中核コンテンツとして位置づけられています。
清水信次は後に日本チェーンストア協会会長、日本スーパーマーケット協会初代会長を歴任し、2022年10月に96歳で亡くなりました。1号店は今もそこにあります。昭和・平成・令和と時代が変わり、日本中にスーパーが広がっても、最初の場所は豊中市本町のままです。