2026/07/30
飾るのではなく、育てる——箕面の新駅に壁画が生まれるまで
2024年3月に開業した北大阪急行・箕面船場阪大前駅のコンコースに、今年12月、3枚の壁画が誕生します。テーマは「出会い」。プロ・アマ・国籍を問わない全国公募で選ばれたアーティストが、幅3メートルの壁面に向き合う予定です。完成した駅をアートで飾るのではなく、まだ発展途上の街とともにアートを「育てていく」——箕面市が市制70周年の節目に選んだのは、そんな発想の企画でした。
1日1万6000人が行き交う、「育ちきっていない」駅
2024年3月23日、北大阪急行南北線の千里中央〜箕面萱野間の延伸によって生まれた箕面船場阪大前駅。1日の乗降人員は約1万6000人で、梅田まで約20分というアクセスの良さから、開業以来着実に利用者を増やしてきた地下3階建ての駅です。
駅名に「阪大前」とある通り、改札を出ればすぐそばに大阪大学箕面キャンパス(外国語学部)があります。2021年に現在地へ移転してきた高層ビル型のキャンパスには、外国語を学ぶ学生や研究者が世界各地から集まっています。授業の合間にここを通る学生たちの会話は、日本語だけではありません。
もう一方の「船場」が指すのは、かつて大阪市中心部・船場地区にあった繊維卸商の街です。高度経済成長期に大阪市内から移転してきた繊維業者たちが、この地で商いを続けてきた歴史があります。絹や綿の問屋が軒を連ねた街の面影は薄れても、繊維業にかかわる人々の存在感はまだここに残っています。
そこへ、2024年の延伸開業を機に新たな住民が流れ込んできました。大阪都心へのアクセスが格段に改善されたことで、子育て世代を中心に多くの人がこのエリアに転居しています。外国語学部の学生、繊維商の担い手、延伸後に移り住んできた家族——まるで異なる背景と時間軸を持つ人々が、毎日1万6000回このコンコースを行き交っています。街の色がまだ定まりきっていない、発展途上の場所。それが、箕面船場阪大前駅の今の姿です。
「完成してから飾る」ではない発想
駅や公共施設が完成したとき、そこに「箔をつける」ように著名な作品を設置する——これが従来型の公共アートのあり方でした。渋谷駅の岡本太郎《明日の神話》は、駅の改修工事に合わせて移設・展示された大作です。上野駅の猪熊弦一郎《自由》は1951年の竣工とほぼ同時に壁面を飾りました。いずれも、「場所が先にあってアートがあとから加わった」構図です。
箕面市のアプローチは少し違います。開業からまだ2年、周辺の街づくりも途上にある時期に、全国公募という手法でアートを招き入れます。審査基準は「テーマへの適合性・箕面らしさ・公共空間への理解・オリジナリティ・親しみやすさ」の5項目。プロ・アマ・職業・年齢・国籍・居住地を問わず、条件は「選ばれたとき、現地で責任をもって制作できること」だけです。
選ばれた3人には制作費として各20万円が支払われ、幅3メートル・高さ1.8メートルのコンコース壁面に向き合います。制作は現地で行われ、その過程も公開される予定だといいます。「誰が描くか」を全国に開いたうえで、完成までのプロセスを見せる設計です。
「飾る」という言葉には、完成したものを所定の場所に置くニュアンスがあります。しかしこの取り組みでは、応募者の提案から選考、現地での制作、12月の完成まで、いくつものステップが積み重なって初めて壁画が生まれます。駅とアートが、時間をかけて一緒に育っていくイメージに近いといえるでしょう。
全国的にみても、ミューラルアートを活用したまちづくりは広がってきています。東京・天王洲では倉庫街の外壁を舞台に国際的なアーティストが作品を残し、神戸・兵庫では壁画群がサイクリングルートと組み合わさって観光コンテンツになりました。しかし行政が主導する公募型のミューラルアートを、郊外の公共交通施設に導入する例はまだ多くありません。
「出会い」というテーマが照らすもの
コンペのテーマが「出会い」に設定されたのは、偶然ではありません。北大阪急行の延伸は、箕面市の街に実際の「出会い」をもたらしました。それまで少なかった都心からの転入者が増え、長年この街に暮らしてきた住民との接点が生まれつつあります。大学キャンパスとの近接によって、若い研究者や留学生が地域のカフェや商店を使う光景も珍しくなくなってきました。
「出会い」というテーマには、複数の層があります。人と人の出会いだけでなく、旧来の住民と新住民の出会い、繊維業の街の歴史とこれからの箕面の出会い、そして見知らぬアーティストと毎日ここを通る1万6000人との出会い——そのすべてが、この壁画に込められているとも読めます。
今年は箕面市制施行70周年でもあります。70年前にこの街が産声を上げたとき、繊維の街の面影も、大阪大学のキャンパスも、延伸した鉄道も、まだここにはありませんでした。記念事業としてアートを位置づけることは、過去を振り返るだけでなく、今この場所に生きる多様な人々に向けたメッセージでもあります。壁画を描く人は、箕面に縁がなくても構いません。それでも「出会い」というテーマと、この場所の空気が、どこかでつながる人が手を挙げるのではないでしょうか。
多様な人が集まる場所に、多様なアートが生まれる
外国語学部の学生、繊維業に携わる商人、延伸を機に移り住んできた家族——箕面船場阪大前駅ほど、これだけ異なるバックグラウンドを持つ人々が毎日交差する場所も、そう多くありません。
12月に3枚の壁画が完成したとき、このコンコースは「飾られた」のではなく、「一つの顔を持った」と言えるかもしれません。しかもその顔は、市が選んだ既成の作品ではなく、全国のどこかにいる誰かが「出会い」をテーマに描き出した形です。
公共空間のアートはこれまで、「誰かがすでに決めたもの」として現れることが多くありました。駅の壁に作品が飾られていても、それがどのように選ばれたかを知る人は少ないものです。今回のコンペは、その「誰か」を可視化し、選ぶプロセスを全国に開くことで、壁画と通勤・通学者の間に、これまでとは違う種類の関係を生もうとしています。
描く人も、見る人も、それぞれの「出会い」を持ち寄ります。多様な人が集まる場所だからこそ、多様な形でアートが生まれていく——そのプロセス自体が、すでにこの駅らしい風景なのかもしれません。
(情報元:箕面市公式ウェブサイト「第1回箕面船場アートコンペ ミューラルアート作品募集」https://www.city.minoh.lg.jp/bunka2/mural_art_competition.html)