2026/06/22
給食センターの2万9千食廃棄——「調理」と「配送」のテストを混ぜたまま計画を立てた結果
給食センターのリハーサルは公金で実施…長崎市、最大2万9千食を廃棄する計画「他都市でも同様の対応」
https://news.yahoo.co.jp/articles/252021391bc8e41b04bc08e6cb92d9814f73a06d
長崎市が今年9月に稼働予定の学校給食センター2か所について、8月のリハーサルで調理した最大2万9千食を廃棄する計画を立てていることが明らかになりました。費用は210億円の事業契約の中に含まれ、財源は国の交付金と市税です。市教委は「児童生徒に安全安心な給食を届けるためリハーサルは必要」と強調し、「他都市でも同様の対応を行っている」と答弁しました。
リハーサルの必要性を否定するつもりはありません。大量調理・温度管理・アレルギー対応・配送タイミング——これだけの要素が絡む施設を、ぶっつけ本番で稼働させるべきではないという主張は正しい。問題はそこではありません。
問題は、「なぜ本物の食事を2万9千食分調理して捨てることしか、計画担当者の頭の中になかったのか」という一点に尽きます。
「調理のテスト」と「配送のテスト」は、そもそも別の話です
リハーサルで確認しなければならないことを整理すると、大きく二つに分かれます。ひとつは調理オペレーション——大量調理の手順、衛生管理、アレルギー対応食の分配フロー、盛り付けや梱包の段取りが、実際に問題なく回せるかどうか。もうひとつは配送オペレーション——各学校へのルート確認、配送時間の計測、コンテナの積み降ろし、温度変化のデータ収集です。
この二つは、同時にやらなければならない必然性がありません。
配送オペレーションの確認に必要なのは、「本番と同等の重量と形状のコンテナを積んだ車両が、決められたルートを決められた時間に走れるかどうか」です。コンテナの中身が温かい給食である必要は、どこにもありません。重量を合わせた水入りのタンクでも、砂袋でも、廃棄予定のダミー資材でも、目的は十分に達成できます。
一方、調理オペレーションのテストは確かに実食材を使う必要があります。2万9千食規模の大量調理は、実際にやってみなければ分からないことが多い。それは認めます。しかし、「調理してみる」ことと「その調理したものをどうするか」は、別に考えられる問題です。試作品の活用、職員への提供、フードバンクへの事前調整——可能性を計画段階から検討しておけば、全量廃棄という結末は避けられたかもしれない。
この二つを切り分けずに「調理から配送まで一連の流れで5回やる、それで出た食事は廃棄する」という一本道の設計に落ち着いたことが、今回の問題の核心です。
「他都市でも同様」は言い訳にならない
市教委が議会で述べた「他都市でも本市と同様の対応を行っている」という答弁は、意図せず重大な事実を白状しています。それはつまり、全国各地の給食センターが稼働するたびに、同じ方法で同規模の廃棄が繰り返されてきたということです。前例があることは、正しさの証明ではありません。長年にわたって全国で同じ無駄が積み重なってきたとすれば、むしろその慣行そのものを問い直すべき理由になります。
議員から突かれてから「最終日だけ子どもたちに食べてもらう」という修正案を後付けで打ち出したことも、計画設計の甘さを裏付けています。4回分の廃棄はそのままです。問題が表面化してから急いで手を打った結果、形だけの食品ロス対策になっています。
行政と委託業者の「縛り」は理解できる——だからこそ設計段階が問われる
一方で、この計画の実行者である行政担当者と委託企業(SPC)の立場を完全に無視するのも公平ではありません。
この給食センターはPFI方式で発注されており、設計・建設から15年間の運営業務まで、民間企業が仕様書に基づいて動きます。仕様書に「本番と同一の条件でのリハーサルを実施すること」と書かれている以上、受託した企業は仕様の通りに動くしかない。独断で「ダミーに変えます」「フードバンクに回します」と変更すれば、契約違反のリスクを抱えます。210億円規模のプロジェクトで、企業が独自の判断でリスクを取る余地はほとんどない。
行政側も同様です。前例のある標準的な仕様書をベースに組み立て、議会と市民に説明できる根拠として「他都市も同じやり方」を使う。新しい方法を提案して何か問題が起きたときの責任を考えると、前例踏襲で動くのが最も安全という判断は、組織の論理としては理解できなくもない。
ただし、その「縛り」は設計段階では存在しませんでした。
仕様書を作る前、発注の設計段階で「調理テストと配送テストを切り分けよう」「ダミーコンテナで配送確認をする項目も入れよう」「調理で出た食事の活用先を事前に確保するルールを作ろう」という発想を誰かが持てていれば、仕様書の時点でその内容を組み込めた。前例を疑い、設計を見直す機会は、発注前に確かに存在していました。その機会を使わなかったことへの批判は、避けられません。
「安全のため」という言葉の使い方
「安全安心な給食を届けるためリハーサルは必要」という説明は、それ自体は正しい。しかし「安全のため」という言葉は、他の選択肢を検討する手間を省く免罪符として機能しやすい側面があります。安全を理由に出された結論を問い直すことは、安全を軽視することではありません。「安全を確保しながら廃棄を減らす設計はなかったのか」を問うことは、リハーサルの否定ではなく、設計の質への問いかけです。
公金を使う大規模事業だからこそ、「やらないよりやった方が安全」という判断だけで計画が固まっていくことへの監視は、市民に必要な視点です。2万9千食という数字は、その監視を怠ったときに何が起きるかを、分かりやすい形で見せてくれました。
リハーサルそのものを責めているのではありません。「調理」と「配送」を混ぜたまま、廃棄を前提にしか計画できなかった設計の浅さを問うています。