2026/06/27
大阪でローカルニュースサイトが一番多い街、それが北摂だった

大阪府内のローカルニュースをエリア別にまとめるサイトを作っていて、あることに気づきました。北摂だけ、サイト数が異様に多いのです。
高槻市を例に取ると、この一市だけで「高槻Network新聞」「高槻つーしん」「たかつきマルマルナビ」と、高槻だけを専門に扱うメディアが3つあります。さらにTOKK関西、まちっと北摂、号外NETと合わせると9サイトが同じ市を取材しています。茨木市も8サイト、吹田市・豊中市・箕面市・池田市もそれぞれ7〜8サイトが並びます。
一方、河内エリアに目を向けると様相が変わります。東大阪市(人口約48万人、大阪府内2位)でも専門メディアは週刊ひがしおおさかと東大阪経済新聞の2つ。八尾市にいたっては号外NET八尾の1サイトのみです。南河内の多くの町村は、広域をカバーする「南河内ニュース」という個人ライターのブログに頼っています。
なぜ北摂にだけ、これほど多くの地域メディアが育ったのか。調べていくと、三つの理由が浮かび上がってきました。
■ 理由1 阪急電鉄が50年かけて作った「情報インフラ」
北摂の地域メディアを語るとき、避けて通れないのが阪急電鉄の存在です。
阪急阪神グループが発行するフリーペーパー「TOKK(トック)」は、1972年に創刊された沿線情報紙です。名前は宝塚(Takarazuka)・大阪(Osaka)・神戸(Kobe)・京都(Kyoto)の頭文字をつなげたもので、2022年には創刊50周年を迎えました。毎号30万部を阪急全駅で無料配布し、半世紀にわたって沿線住民に地域情報を届けてきました。このTOKKが近年ウェブメディア「TOKK関西」へと拡張し、北摂各市の記事を毎日更新する体制となっています。
さらに産経新聞グループのサンケイリビング新聞社も、早くから北摂を主戦場に定めていました。「リビング北摂」という地域情報紙を長年発行し、その流れを受けて地域情報プラットフォーム「まちっと北摂」を立ち上げました。豊中・吹田・箕面・池田・茨木の5市をカバーし、地元住民が街ネタを投稿する仕組みで運営されています。
要するに北摂には、阪急という鉄道会社と産経という全国紙グループの二つが、それぞれ独立して「地域情報インフラ」を整備してきた歴史があります。この土台があったからこそ、その後の個人発メディアも含めた多様なサイトが育ちやすかったといえます。
対照的に河内エリアの主要路線はJRと近鉄です。いずれも北摂ほど地域情報に深く関与してきた歴史はなく、沿線メディアという概念が根付きませんでした。
■ 理由2 千里ニュータウンが生んだ「よそ者」の情報需要
北摂に地域メディアが育つ土壌をもう一つ作ったのが、千里ニュータウンの開発です。
吹田市・豊中市にまたがる千里ニュータウンは、1962年に入居が始まった日本初の大規模ニュータウンで、計画人口15万人、開発面積約1,160haという国家的プロジェクトでした。全国から新婚・子育て世代が集まり、1975年のピーク時には約12.9万人が暮らしました。
ここで暮らした住民の多くは、大阪・神戸の職場に勤める「転入者」でした。祖父母の代から地域に根ざした地縁とは無縁で、街のことを「教えてもらう」必要がある人たちです。どこに病院があるか、近所にどんな店があるか、地域の行事は何があるか——そういった情報を地元のネットワークから得られないため、メディアへの依存度が高くなります。情報を「外から取りに行く」習慣が、北摂では早くから根付きました。
実際、吹田市は現在も毎年転入・転出合わせて4万人以上が出入りする流動の高い街で、2024年には2,024人の転入超過を記録しています(住民基本台帳人口移動報告)。茨木市も同年730人の転入超過です。北摂各市は大阪府内でも人口増加率が高いエリアとして知られており、新しい住民が絶えず流入し続けています。
一方、東大阪や富田林など河内エリアの多くは製造業・農業に根ざした歴史的な定住地帯です。富田林市は2024年に1,029人の転出超過で、人口減少が続いています。数世代にわたって同じ地域に暮らす住民が多い土地では、地域情報は口コミや地縁で流通しやすく、メディアの必要性が相対的に低くなります。
■ 理由3 「個人メディア」が育ちやすい文化
千里ニュータウン的な意識——「自分たちの街のことは自分たちで発信する」——は、北摂に個人発メディアの文化も育てました。
吹田市の「吹チャン」は個人が立ち上げた街ネタメディアで、ほぼ毎日更新を続けています。「TNN豊中報道。2」も個人運営で豊中市の街の変化を細かく取材し続けています。茨木市の「茨木つーしん」「いばジャル」、高槻市の「高槻Network新聞」も同様です。北摂には、こうした「自分の街を自分で取材・発信する」人が複数の市にわたって存在しています。
河内エリアでも個人メディアが皆無なわけではありません。交野市の「交野タイムズ」や、河内長野・南河内全域を個人で取材する「南河内ニュース」の書き手のような存在もいます。ただ、北摂ほどの密度にはなっていません。
この差は、転入者の多さ・新しい住民が街の情報を積極的に発信する文化と、地元への愛着が動機となる定住者文化という、土地柄の違いを反映しているといえるかもしれません。
■ ローカルメディアが育つ条件
整理してみて気づいたのは、地域メディアの豊かさは「街の規模」だけでは説明できないということです。東大阪市は人口約48万人と高槻市(約34万人)より大きいですが、専門メディアの数では高槻が圧倒しています。
ローカルメディアが育つには、いくつかの条件が重なる必要があるようです。鉄道会社や新聞社が地域情報を資産として囲い込んできた歴史、転入者が多く「情報を外から取りに行く」需要、そして住民が自ら街のことを発信する文化——北摂にはこの三つが50年以上かけて積み重なってきました。
大阪府内でローカルメディアの密度が一番高い街が北摂なのは、偶然ではありません。阪急電鉄という巨大な情報インフラと、千里ニュータウンという国家的実験が、たまたま同じ場所で重なった結果です。